長崎の人にとって、ちゃんぽんは名物である前に、日常の食事です。学校帰りに、仕事帰りに、あるいは家族の外食に。街のあちこちにちゃんぽんの店があり、それぞれに「うちの味」があります。

そんなちゃんぽんが、ある一軒の店で生まれ、ひとりの人物の思いから始まったことは、地元の人にも意外と知られていません。しかも、その店は今も長崎で営業しています。発祥の店で食べる一杯は、単に有名な料理を食べる体験ではなく、一杯の背景にある歴史に触れる体験でもあります。この記事では、2026年10月31日時点の内容で、ちゃんぽんと皿うどんの成り立ちと、訪れるときの注意点を整理します。

考案した人

1899年創業の中華料理店「四海樓」の創業者、陳平順(ちん へいじゅん)です。

生まれた理由

長崎に来ていた中国人留学生や華僑のために、安くて栄養のある料理を考えたとされています。

店の場所

長崎市松が枝町4-5です。創業の地は、唐人屋敷跡の広馬場町でした。

注意

レストランの予約は受け付けていません。昼と夜で営業時間が分かれています。

行く前に覚えておきたい、三つの壁

発祥の店は人気が高く、準備なしで訪れると思わぬ待ちぼうけを食うことがあります。先に、気をつけたい点を挙げます。

予約ができない

四海樓の営業案内では、レストランの予約は受け付けていません。個室だけは、2営業日前までに、4名以上でコース料理を注文する場合に限って受け付けています。インターネットやアプリ、予約代行サービスによる予約も、受け付けていないとされています。つまり、席が空いていなければ、並んで待つしかありません。

営業時間が昼と夜に分かれる

営業時間は、昼の部が11時30分から15時まで(最終入店は14時)、夜の部が17時から20時まで(最終入店は19時)です。いずれも、混雑する時間帯には早く終わる場合があります。15時から17時のあいだは、レストランが閉まっています。夕方に思いついて訪れても、入れません。

定休日が月ごとに違う

定休日は、毎週同じ曜日とは限りません。営業案内に、月ごとの休みの日が掲載されています。年末などは、休みの日が増えることもあります。予定が決まったら、その日が営業日かどうかを、事前に確認しておきたいところです。

予約ができず、時間にも制約がある。そうした店に、わざわざ足を運ぶ価値はあるのでしょうか。その答えは、一杯が生まれた経緯の中にあります。

一杯が生まれたのは、長崎が海外と向き合った街だったから

ちゃんぽんの誕生を理解するには、まず、長崎が中国との深いつながりをもつ街だったことを知る必要があります。

江戸時代、長崎には、中国人が暮らす居留地として唐人屋敷が置かれていました。その近くの新地は、新しく海を埋め立ててできた土地で、新地蔵と呼ばれる蔵が設けられていました。明治になり唐人屋敷と新地蔵が廃止されたあとも、この一帯には中国の文化が根づきます。新地中華街の中央には、廃止された新地蔵の跡を示す石碑が建てられており、四方には中華門が立っています。

四海樓の創業者の陳平順は、中国・清の時代の福建省の出身です。1892年(明治25年)、19歳のときに長崎に渡ってきました。そして1899年(明治32年)、広馬場に中華料理と旅館を兼ねた店「四海樓」を開きます。広馬場は、唐人屋敷があった土地です。この場所で、ちゃんぽんが生まれました。

ちゃんぽんは、留学生の空腹のために考えられた

陳平順は、長崎に来ていた中国人留学生や華僑のために、おいしく、満足感があり、栄養価が高く、しかも安い料理を探しました。そうして生まれたのがちゃんぽんです。

最初は「ちゃんぽん」と呼ばれていなかった

誕生した当初、この料理はメニューには載っておらず、「支那饂飩」と呼ばれていました。名前が変わっていったのは、当時の長崎の華僑が使っていた福建語のあいさつに由来します。食事をするという意味の「シャポン」または「セッポン」という言葉から、「ちゃんぽん」と呼ばれるようになったと説明されています。

長崎の山と海を一つの器に

ちゃんぽんのスープは、鶏ガラと豚骨でとっただしです。そこに、長崎で採れる山の幸と海の幸をたっぷり使います。肉と野菜と魚介を一杯で取れる構成は、栄養を重んじた発想から生まれたと読み取れます。

名物として広まった軌跡

ちゃんぽんが街に広まっていく様子は、四海樓の沿革にも断片的に記されています。

年 出来事
1905年(明治38年) 新聞で、ちゃんぽんが中国人留学生の好物として紹介される
1907年(明治40年) 『長崎県紀要』に、市内のちゃんぽん屋が十数店あったと記される
1914年(大正3年) 『長崎案内』が「支那うどん」を長崎名物として紹介する

創業からわずか15年ほどで、ちゃんぽんは留学生の食事から、街の名物へと変わっていきました。当時の人々にとって、安くて栄養のある一杯は、それほど魅力的だったのでしょう。

皿うどんは、ちゃんぽんの兄弟

もう一つの長崎名物、皿うどんも、四海樓の創業者が、ちゃんぽんのバリエーションとして考案したとされています。最初の皿うどんは、ちゃんぽんの麺をいったん焼き、具材と炒め合わせて、少量のスープを加えて麺に味を含ませる料理でした。汁気の少ない麺料理を平皿に盛ったことから、この名がついたとされています。

その後、調理を簡単にするため、麺を細くしてパリパリに揚げる方法が考案されました。この揚げ麺に、野菜や豚肉、魚介を使ったあんをかけるのが、いまよく見る皿うどんです。作りやすさから長崎の家庭に広まり、日本中で知られるようになりました。

つまり、二つの料理は同じ麺料理の兄弟です。汁のあるものがちゃんぽん、汁気を抑えて平皿に盛ったものが皿うどん、と考えると、違いが分かりやすくなります。

ちゃんぽんと皿うどん、どちらを選ぶか

発祥の店に入ると、まず迷うのが注文です。二つの料理の違いを整理しておきます。

比べる点 ちゃんぽん 皿うどん
汁気 スープがあります 汁気が少ない、または汁なしです
麺 スープに入った麺 麺を焼いたもの、または細い揚げ麺
味の決め手 鶏ガラと豚骨のだし 具材と炒め合わせた味、またはあん
向いている人 温かい汁ごと味わいたい人 食感の違いを楽しみたい人

はじめて訪れるなら、まずはちゃんぽんを選ぶのが筋の通った選び方です。この店が生んだ料理の原点であり、スープの味わいから、鶏ガラと豚骨、山と海の幸という成り立ちが伝わってくるからです。2人以上で訪れるなら、それぞれ違う料理を注文して、食べ比べるのも楽しい過ごし方です。

予定に組み込むときの時間の考え方

営業時間に制約があるため、予定を立てるときには少し工夫が要ります。昼の部は11時30分から15時までで、最終入店は14時です。ここから逆算すると、店に着く目安は、開店直後の11時30分ごろから12時ごろまでになります。混雑する時間帯を避けたいなら、開店の少し前から待つ方法もあります。ただし、予約を受け付けていないため、待ち時間は読めません。

そこで、午前中に別の見どころを回り、昼食に発祥の店を据える流れが組み立てやすくなります。たとえば、午前に出島を見学し、昼に四海樓で食事をする、という一日です。午後は時間に余裕ができるので、街歩きや移動に当てられます。夜の部は17時から20時までと短く、最終入店も19時ですので、夕食の候補にするなら、早めの時間に着く計画が安全です。

また、1階には売店があり、10時から17時30分まで営業しています。食事の時間が合わなくても、売店だけなら立ち寄れる時間帯があります。

ちゃんぽんの故郷を歩く

食事のあとに時間があるなら、ちゃんぽんが生まれた背景の街を歩いてみる価値があります。長崎市の観光案内には、新地中華街から南へ進んだ十善寺地区が、唐人屋敷の跡を取り囲む一帯として紹介されています。

この一帯には、唐人屋敷の跡を示す石碑のほか、「居留地境」と刻まれた石の標識や、堀の跡が残っています。坂道を上っていくと、土神堂、天后堂、観音堂、福建会館といった、中国由来の建物が、街並みに溶け込むように点在していると案内されています。新地中華街のように整えられた観光地とは違い、斜面に家々が積み重なる、長崎らしい景観が色濃く残る場所です。

四海樓はかつて、この地区の広馬場にありました。いま松が枝町で食べる一杯の源流は、この坂の街にあります。料理だけでなく、街の成り立ちも合わせて感じ取ると、ちゃんぽんの味わいは、いっそう深くなります。移動には、路面電車が便利です。新地中華街の停留場から歩いて回れる範囲に、見どころが集まっています。

唐人屋敷の跡から、松が枝町へ

四海樓の歩みには、街の変遷が映っています。創業の地は、唐人屋敷があった広馬場町でした。戦後の1951年(昭和26年)には、籠町と呼ばれるようになった旧広馬場町で、二代目として再び店を開きます。1973年(昭和48年)に、現在の松が枝町へ移転し、観光の客も受け入れるようになりました。

1999年(平成11年)には店舗の改築のため一時閉店し、仮店舗で営業を続けました。そして2000年(平成12年)7月4日に新しい店舗が開き、創業100周年を迎えます。2006年(平成18年)には陳優継が4代目の社長に就任し、2019年(令和元年)に創業120周年を迎えました。

四海樓は、現在も長崎最古の中華料理店として営業を続けていると紹介されています。

訪れるときの実用情報

最後に、訪れるときに役立つ情報をまとめます。2026年10月31日時点の案内にもとづいています。

項目 内容
所在地 長崎市松が枝町4-5
昼の部 11時30分から15時まで(最終入店は14時)
夜の部 17時から20時まで(最終入店は19時)
1階の売店 10時から17時30分まで
予約 レストランは受け付けていません
個室 2営業日前までに、4名以上でコース料理の注文に限り受け付けています
定休日 月ごとに決まっています

営業時間はいずれも混雑時に早まる場合があります。ラストオーダーではなく「最終入店」の時刻である点にも注意してください。入店が遅れると、食事を始めることができません。

路面電車で出かける日に組み込むなら、昼の部の早い時間に訪れるのが現実的です。夜は20時までと短いため、仕事帰りや出かけた帰りに立ち寄る計画では、間に合わないことがあります。路面電車の一日乗車券については、路面電車ガイドで紹介しています。

沿革に残る、著名な来店の記録

四海樓の沿革には、店が地域の名所としても親しまれてきたことを示す記録が並びます。1918年(大正7年)には、歌人の斎藤茂吉が、力士の出羽嶽を四海樓に招待しました。戦後も、1956年(昭和31年)に義宮(常陸宮)殿下が、1977年(昭和52年)に浩宮殿下(今上天皇)が来店しています。2001年(平成13年)には、ノルウェー国王ハラルド5世夫妻も訪れました。

また、創業90周年を迎えた1989年(平成元年)には、福建省の料理をもとにした「閩菜会席」を披露する企画も開かれています。ちゃんぽんや皿うどんだけでなく、福建の料理の流れをくむ本格的な中華料理を出す店でもあることが分かります。

ただし、こうした記録は、あくまで店の歴史の一部です。味の評価は、人それぞれ違います。記録に頼って期待を膨らませすぎず、自分の舌で確かめるつもりで訪れるのが、いちばん楽しめる姿勢でしょう。

百二十年を超える物語を、一杯の湯気の中で

ちゃんぽんは、観光客向けに作られた料理ではありません。長崎で学ぶ若者の空腹を満たすために、ひとりの料理人が工夫した一杯でした。その名前は福建語の「食事をする」という言葉に由来し、街の名物となり、皿うどんという兄弟まで生みました。

予約ができない、営業時間が限られる、定休日が月ごとに違う。たしかに、手間のかかる店です。しかしその分、訪れた人は、創業の地から数えて百年以上の歴史が続く店の席に座るという、特別な体験を得られます。

まだ行ったことがない人は、一度は発祥の一杯を。営業日と時間を調べ、余裕をもって店に着けば、湯気の向こうに、広馬場の小さな店で始まった物語が見えてくるはずです。出島の歴史とあわせて巡るなら、出島の話も参考にしてください。